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これが私達のクラス、柏中昭和33年卒の写真です。 勉強より遊びが好き、という人が多かった。小学校からほとんど同じメンバーですが、中学校になって菊川と須ノ川から数人が加わりました。 女子はセーラー服が正装。このように写真を撮る日や式などに着ましたが、普段は簡単な制服でした。背景の木造校舎もなつかしい。 卒業しても地元に就職先が少なく、多くが関西方面に就職しました。高度経済成長期にかかる頃で、女子は紡績会社、男子は化学工場など。就職列車ならぬ「就職バス」が農協前から出発し父母や友人が見送りました。

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卒業後45年ぶり(平成15年)に「還暦同級会」を、ふるさとの「ビーチ」で開きました。大阪や宮崎、横浜など各地から21人が集まりました。 姿はおじさん、おばさんになっていたが、気持は中学生のままでした。先生をかこんで話がはずみます。

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小四の頃です。こどもですが…瀧岡先生の担当でした。そのころ川原で撮った学年写真があります。私がいちばん好きな記念写真です。

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なんといっても皆の明るい笑顔がいい。カメラマンが、この直前におサルのマネをして皆を笑わせてパチリ!そして場所がいい。校舎のとなりの川原です。ここを選んだのは担任の瀧岡先生です。若くてアニキのような熱中先生で、その学級風景を今でも思い出します。

みんなでウサギを飼ったこと、夏休みに菊川まで歩いて先生の家を探訪に行ったこと、学級新聞に私が西部劇のマンガを描いて載せたこと、水力で動く自動車のプラン絵を描いたこと、教室で一日の勉強が終わったら、かならず「今日の反省会」があったことなど…多くの影響を与えてくれた楽しい一年でした。
夏休みには先生が幻燈機(スライド)を持って各地区で上映、子供を楽しませました。私は映像と機械が作り出す世界にとても感動しました。のちに私がメディアの世界を志向したのもこれが起点でしょう。この学年の出来事は今でもあざやかに憶えています。